【逃避行】マリア・ガルシアはちょっと失踪してみることにしました

何も心配する必要はない。人間は誰しも小さな失踪を繰り返して生きている。

(『完全失踪マニュアル』樫村政則 より)

ちょっと家出してきます

突然ですが、私マリア・ガルシアはちょっと失踪してみることにしました。

高校の時の国語教師

私の高校生のころ、とても人気のある現国の先生がいらっしゃいました。国語の授業から脱線して他のお話をされることが多かったのがその理由かも知れません。がっしりとして眉が太く、いつもニコニコしている先生でした。

逆立ちするカバを想像してみろ

ある時、授業中に先生が言いました。

「君たち、これから『逆立ちしているカバ』を想像してみろ」

なんだかよく分からないままに私たちは思い浮かべました。

「それじゃあ、今からその『逆立ちしているカバ』のことを考えないようにしろ。絶対に想像したらだめだ。頭の中から完全にそのイメージが消えるようになった者から手を挙げなさい」

考えろと言ったり、考えるなと言ったり変な先生だなあと思いながらも、今度は『逆立ちしているカバ』を考えないようにしてみました。でもどう努力しても考えてしまうのです。想像しちゃだめだと思えば思うほど、くっきりとカバの姿を思い描いてしまうのです。

当然誰も挙手しません。だって挙手した時点で「『逆立ちしているカバ』を考えていないということを考えている」んですもの。そんなの無理に決まっています。

考えないこと

すると先生は言いました。

「人間は『考える』ことはできても、意識的に『考えない』ということはできないんだよ」

「君らも辛いことがあったり、苦しんだり悲しんだりすることがあるかもしれない。周りの連中は『クヨクヨ考えるな』とか『そんなこと忘れろ』と言うかもしれない。でもそんなことは無理なんだ。頭の中から振り払えないから辛いんだ。できないことをやろうとするから苦しいんだ」

教室はしんと静まっていました。授業と関係ない話をする時には、みんないつもより真剣に先生の話を聞くのですが、その時私は「これはちゃんと聞いておかなくてはいけない話だ」という気がしました。他の生徒も真面目に聞いているようでした。

考えないための対処法

「そういう時にはどうしたらいいか。『考えない』んじゃなくて、『別のことを考える』んだ。そうだなあ……今までいろんな理由でやれなかったけど、やりたいことがあるだろう。お金とか、時間とか様々な理由でできなかったことだ。それを思い出して、実行するための計画を綿密に練るんだ。」

「どん底に落ちたらもうやけくそで、これまで我慢してたことを全力で計画して、必死で準備しろ。もちろん法律に反したり、警察のやっかいになるようなことはダメだぞ。」

「ふーむ……。例えば学校を2、3週間さぼって自転車旅行を計画するぐらいならオレが許す!」

先生のとんでもない発言?

この先生の発言に教室中がざわめきました。というのも当時私が通っていたのは、ガチガチの進学校で校則も厳しく、授業をさぼるというのはとんでもない大犯罪だと思われていたからです。

こんなことを先生が言ってしまっていいのだろうか? 先生がクビになっては大変! と親にも黙っていました。大人になってからも、時々この破天荒な先生のことを時々思い出しました。

今年の夏のマリア

今年の夏ぐらいから、私の身に次から次へと悪いことが起こりました。身内のゴタゴタ、仕事のトラブル、家族と私自身の病気、深夜の3時4時まで仕事をする毎日。時間に追われ、周りに気を使い、くたびれきっていました。体重もごっそり減りました。

そして私が8年間可愛がっていたペットのフェレットが8月の終わりにガンで亡くなってしまいました。フェレットとしては長生きなのですが、私は家で仕事をしていることもあって、ペットというより家族のような存在がいなくなって、空虚な気持ちでそれからの毎日を過ごしました。哀しみはずっと頭の中を離れませんでした。

幻想画廊宛にいただいたメール

そんな時に何人かの方からメールをいただきました。「最近お疲れなのではないですか?」「たまには頑張り過ぎないで怠けましょう。人付き合いも程々にしましよう(^^;)」「いつも遠くから応援していますよ」という内容でした。ぼろぼろ泣きました。

サイト作りはモニタに向かうのみの孤独な作業なので、向こう側に人がいるのだということを忘れがちです。でもこれほど読者の方のメールが心に浸みたことはありません。やっぱり無理をしているのがなんとなくギャラリーやコラムににじみ出てしまったのかなと思いました。

私がずっとやりたかったこと

その時急に高校時代の先生の言葉が頭に浮かびました。

「そうだ! 私はずっと旅に出たいと思っていたんだ!」

私はミステリが大好きで、アガサ・クリスティ失踪事件を知ってからずっと「誰にも知られずに旅行に行く」ことに密かに憧れていたのでした。

仕事の効率もあがらずぼんやりと過ごしていた毎日が一変しました。誰にも内緒で旅行の計画を練り、迷惑をかけないように仕事を仕上げておこうとバリバリ働きました。辛くても心の底でワクワクしている自分に気づきました。

ちゃんと帰ってきます。

失踪にあたって『完全失踪マニュアル』という本を参考にしました。それによると「失踪宣言書」というものを書かないと、警察が動いて大騒ぎになってしまうというらしいのです。自分の意志で失踪すること、必ず帰ってくること、日付、氏名を書くことなどが必要だそうです。これもちゃんと書いて机の上に置きました。

妹がこのサイトの存在を知っているので、家の書き置きを読んでくれることと思います。行き先も言わずに、家族には心配をかけてしまいますが、本当にごめんなさい。

なんだか変なコラムになってしまいました。スミマセン。でも私は必ず帰ってきますので、少し骨休めをさせてください。そして帰ってきたら、また不思議で幻想的な作品を作っていきたいです。

正直言って読者の方にも呆れられていると思います。しばらくメルマガとサイトの更新をお休みしますが、それでもまた「幻想画廊」にぶらりと立ち寄って下さったら、とても嬉しく思います。

みなさん、ごきげんよう。またお会いしましょう。

【無題】ただいま! 私マリア・ガルシアは、失踪から無事帰ってきました
家出を後悔したのは、約200通寄せられた体験談のうち、1割未満。ほとんどの人は『自分にはどうせ無理』と思っていた家出が、やってみれば悩むほどのことじゃないと書いていた」(『完全家出マニュアル』今一生 より)

参考文献

『完全失踪マニュアル』樫村 政則

失踪するために勉強しました。なるほどためになります。非常に具体的です。何度も言いますが、私は必ず帰ってきますので大丈夫です。

追記:2004年07月20日

なんと『完全失踪マニュアル』の樫村 政則さんからメールをいただいてしまいました。

『完全失踪マニュアル』の樫村政則さんからメールをいただきました。
先日いただいたメールにびっくりしました。なんと『完全失踪マニュアル』の著者の樫村政則さんからでした。幻想画廊のコラム「逃避行」で書いたように、私はしばらく失踪していたことがあるのですが、その時に熟読したのが本書です。

このブログは2001年07月23日開設のサイト「幻想画廊」を2019年にWordpressで移築したものです。この記事は20年前の、2003年10月14日(火)に書かれました。文章の内容を変えずにそのまま転載してあります。リンク切れなど不備もありますが、どうぞご了承くださいませ。

元サイト「幻想画廊」はこちらです。