八個の大きな珠は霊気につつまれ、それぞれに文字をうかびあがらせながら、燦然と中空でかがやいている。
(『南総里見八犬伝 1 妖刀村雨丸』滝沢 馬琴 浜 たかや より)
滝沢馬琴作・『南総里見八犬伝』
今回のギャラリーは江戸時代の作家、滝沢馬琴(たきざわばきん)の『南総里見八犬伝』をテーマに描きました。1983年公開の角川映画『里見八犬伝』でご存じの方もいらっしゃるでしょう(原作とはかなり違いますが、大好きな映画です)。
あらすじ
時は室町時代、舞台は安房国(あわのくに・現在の千葉県)。領主・里見義実(さとみよしざね)の娘、伏姫(ふせひめ)は、妖女・玉梓(たまづさ)の呪いを受ける。
ある時、隣国の領主との合戦に万策尽きた義実は、愛犬の八房(やつふさ)に「敵の大将の首を取ってくれば何でも与えよう」と約束をしてしまう。これを聞いた八房は敵の首を義実のもとへ持ってくると、娘の伏姫を妻に望む。
犬の八房と夫婦となり山の中で暮らしていた伏姫は、間もなく八房との間に子どもを身ごもり、思い詰めて自害してしまう。その時、伏姫が持っていた数珠の「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の文字が浮き出た八つの大珠が空高く飛び上がり、散り散りになり遠く飛び去ってゆく。
やがて関東各地で「犬」で始まる名を持ち、文字の浮き出る玉を持つ子どもが生まれる。彼ら八人の若者たちこそ、里見家を再興する運命を背負った里見八剣士なのだ!
キャッチーなモチーフと、魅力的なキャラクタ
妖女の呪い、犬に嫁ぐ悲劇の姫、犬の名を持つ八剣士──などなどキャッチーな要素が盛りだくさんではありませんか。
私の好きなのは名刀・村雨丸を持ち、小さい時に女装で育てられたという美青年犬塚信乃(いずづかしの)です。この八人の若者はもちろん、敵対する悪のキャラクタも非常に魅力的なんですよ。
犬の子供を身ごもる姫
絵の伏姫はまさに珠が飛び散る瞬間を描いたものです。八犬伝のこのシーンでは畜生道という暗いテーマを扱っています。里見家に深い恨みを持つ玉梓は、八房に取り憑き伏姫を強姦しようとするのですが、信心深い伏姫に心うたれ姫に手出しをすることをやめます。
しかし姫は八房との子どもを身ごもってしまうのです(な、なんで? それも八人も!)。処女懐胎のマリア様みたいですね。
体内の子共は肉体のない精神のみの存在とは言うものの、獣姦は罪悪ですから伏姫は深く恥じるわけです。そしてある日父の決めた婚約者が鉄砲で八房を撃ち殺すと、父親と婚約者に身の潔白を証明するために伏姫は自らの腹を割いて果てるのです。
結局体内には子どもはおらず、姫の腹からは八つの霊気につつまれた珠が飛び散って飛んでいきます。スプラッタでおどろおどろしい場面ですね。
八房は何犬?
ところでこの絵をご覧になって「あれ? どうして日本の物語なのに八房が西洋の犬なんだ?」と思われた方きっといらっしゃるでしょう。でも私は「八つのぶちがあり敵の首を噛みちぎってくるような犬」ということで、大きな西洋犬をイメージしました。
江戸時代には大名が輸入した洋犬を飼うのが流行っていたました。当時の人にとって洋犬は「馬のようにでかい」と驚かれたそうですよ。好奇心旺盛な馬琴もきっと西洋の犬を見たことがあるはず。そして八房のモデルにしたのではないかしらと思ったのです。
日本古典文学史上、最大の長編小説
時代小説、ファンタジー、SF、ホラー、など様々なジャンルを内包している『八犬伝』は、全98巻,106冊の日本古典文学史上最大の長編小説です。坪内逍遥はこの物語を古くさく、人間が描けていないと批判しましたが、「八犬伝」は明治時代まで血脇肉踊るエンターティメント小説として広く庶民に愛されました。原本を読むのはたいへんですが、ダイジェスト版をぜひどうぞ。
参考文献
『南総里見八犬伝 1 妖刀村雨丸』滝沢 馬琴原作/浜 たかや編著/山本 タカト 画
本書は児童書で利用対象が小学5、6年生となっていますが、耽美派イラストレータ山本タカトの表紙や挿し絵が非常にぜいたくな一品。美しいです。全4巻で里見八犬伝が読めてしまうなんて、今のお子さん達がうらやましい!
このブログは2001年07月23日開設のサイト「幻想画廊」を2019年にWordpressで移築したものです。この記事は21年前の、2002年05月21日(火)に書かれました。文章の内容を変えずにそのまま転載してあります。リンク切れなど不備もありますが、どうぞご了承くださいませ。