【高丘親王航海記】澁澤龍彦の幻想文学の最高峰『高丘親王航海記』

天竺にはね、わたしたちの見たこともないような鳥けものが野山をはね回り、めずらしい草木や花が庭をいろどっているのよ。そして空には天人が飛んでいるのよ。そればかりではないわ。天竺では、なにもかもがわたしたちの世界とは反対なの。私たちの昼は天竺の夜。わたしたちの夏は天竺の冬。

(『高丘親王航海記』澁澤龍彦 より)

スタージョンの法則

「SFの90%はクズである──ただし、あらゆるものの90%はクズである」

SF作家のセオドア・スタージョンの言葉です。

スタージョンの法則として知られるこの言葉は、本一般にもあてはまります。私はこれまで雑誌も含めると数万冊の本を読んできましたが、ほとんどの書籍は読んでも読まなくてもどちらでもいいものと言えるかもしれません。(ではなぜ本を読むのかですって? もちろん残りの1割に出会うために決まってます!)。

実用書以外の本は一度読むと再び手に取ることはあまりありません。しかし数は少ないものの、どうしても手放すことができず、何度も繰り返して読んでしまう本があります。その内の1冊は『高丘親王航海記』です。

澁澤龍彦について

作者は澁澤龍彦(1928-1987)。ジョルジュ・ バタイユ やサド公爵の翻訳者、仏文学者として有名です。江戸時代後期に財をなした澁澤一族に生まれ、東京大学文学部仏文科を卒業しました。

翻訳文学だけでなく数多くの幻想的なエッセイ、美術評論で知られています。四谷シモン、三島由紀夫、唐十郎、池田満寿夫、金子國義らと親交があり、天才と呼ぶにふさわしい博覧強記の人物です。

『高丘親王航海記』は彼が病床にあった晩年に書かれました。享年59歳。これは彼の数少ない長編小説であり、遺作となった作品です。

高丘親王航海記

高丘親王は平安時代の初期の実在の人物です。平常天皇の御子として生まれたものの、皇位継承争いにやぶれて天竺(てんじく・今のインド)へ向かいました。彼の数奇な運命を描いていますが、伝記や歴史小説を想像なさってはいけません。

人語を話す儒艮(ジュゴン)、人間の夢を喰う獏(バク)、鳥の下半身を持つ美女、犬の頭を持つ男、子どもを産んだ後にミイラになった美しい王妃たち──

この航海記には、ありとあらゆる幻想と不思議があふれています。高丘親王の一行は数々のエキゾチックな怪異と出会いながら、一路天竺を目指すのです。

昔私が夢中になった作家

私が最初に読んだ澁澤龍彦作品は『東西不思議物語』です。たしか小学校の6年生の時でした。世界の不思議な伝承や超自然現象を50ほど集めたエッセイです。どれもワクワクするようなエピソードばかりでした。その本をきっかけにして澁澤龍彦にすっかり傾倒してしまったのです。

子どもの頃から思春期にかけて私はとても孤独でした。話の合う友だちが一人もいなかったからです。みんなが夢中になっているキャラクターグッズやアイドルたちには全然興味が持てませんでした。クラスメートが『リボン』や『なかよし』を貸し借りしている時、私は『ムー』や『マイコンベーシックマガジン』『Omni』をひっそりと読んでいました。

宇宙人?

学校の勉強は退屈で、授業中は本を読んでいるかノートにマンガを描いていました。休み時間にも机に座ったきりで、ぼんやりと空想にふけっていました。

口を開くと友だちに「宇宙人」「変な子」と言われてしまうので、黙ってニコニコしているばかり(だから小学校時代のあだ名は「ニコちゃん」)。いつもぼーっとしているからか、担任の女教師に「あなた病気なんじゃないの?」とみんなの前で言われてしまうほどでした。私はますます自分の世界に引きこもっていきました。

もしタイムマシンがあったなら

人とおりあうことを覚えて生活できるようになった現在、昔の事を考えると胸が痛みます。子どもにとって自分の好きなことを話せる友だちが全くいないというのは、どれほど寂しいことでしょう。

もう忘れてしまったけれど、私はいったいどうやってあの過酷な時期を過ごしてきたのでしょうか。もしタイムマシンがあったら「あなたはちっとも変じゃない」と抱きしめてやりたい。

澁澤龍彦の小説は、今の私の代わりに昔の私を抱きしめてくれました。

私の目指す不思議の国

幼い頃の憧れの女性・藤原薬子から聞いた天竺。高丘親王は幻想的な動物や奇妙な習慣に驚きながらも、未知の国へ向かって旅を続けます。私は何度も不思議の国を想像しました。高丘親王が天竺を信じたように、私も私の目指す不思議の国がきっとあるのだと信じました。

それから何年もたって、私は「幻想画廊」というサイトを作って、不思議な現象や神秘的な物語などについてコラムを書いたり、写真を使った幻想の風景を合成しては公開してきました。みんな子どもの頃に夢見たことばかりです。

これまで多くの方から感想のメールをいただきました。そのメールを読みながら「不思議を愛する人たちはただ私の周りにいなかっただけで、本当は日本中にたくさんいたのだ」と心が温かくなりました。

澁澤龍彦の命が込められた名作

澁澤龍彦は咽頭ガンと闘いながら、死力を振り絞ってこの作品を書きました。ベットの上で最期まで校正の筆を入れていたといいます。この物語には彼の命が一語一語に宿っているのです。

物語の後半で高丘親王は大粒の真珠を呑み込み、喉の痛みに苦しみ、声が出なくなってしまいます。作者自身が喉の手術に耐えつつ、この物語を書いたのだと思うと胸が詰まります。

『高丘親王航海記』は、幻想の世界がお好きな方なら、きっと夢中になれる本です。澁澤龍彦のミクロコスモスに触れられる至福の時をぜひ味わってみて下さい。

参考文献

『高丘親王航海記』澁澤龍彦

澁澤龍彦を「渋沢竜彦」と書いたらもう別の人になってしまいます。バタイユやサド公爵を広めた博覧強記の天才です。彼の唯一の長編小説であり、遺作となった『高丘親王航海記』は幻想文学好きなら必読の書。この作品に出会えたことを心から感謝する名作です。私はベッドの中でこの本を読むと、夜に不思議な夢を見るんですよ。

追記

今回のギャラリー、どこかで見たことがあるって? はい。この「トライブ」という作品の元画像を使って作りました。

【トライブ】ヒロイックファンタジーブームに寄せて
私は あの人の 剣になりたい。(『ベルセルク』三浦 建太郎 より)

これを最初に作ったのが2001年の8月。3年前フォトショップに触りはじめたころのものなので、比較すると以前のを削除したい衝動にかられます。うひゃあ、はずかしいなあ。へったくそで。

『高丘親王航海記』を読むとお分かりになると思いますが、この作品では過去、現在、未来、そして現実と夢が混在しているんですね。私も昔の作品をもう一度作り直してみて、そんな世界を真似てみたかったんです。

一応この作品の女性は登場人物のパタリヤ・パタタ姫、そしてラストに重要な役割を担うをイメージしました。彼は天竺へ行けたのかな?

Dracomania ※リンク切れ

澁澤龍彦の著作を検索できるデータベースがとても便利。サイトデザインもクラシカルでステキです。

このブログは2001年07月23日開設のサイト「幻想画廊」を2019年にWordpressで移築したものです。この記事は18年前の、2004年04月28日(火)に書かれました。文章の内容を変えずにそのまま転載してあります。リンク切れなど不備もありますが、どうぞご了承くださいませ。

元サイト「幻想画廊」はこちらです。

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