【ガリバー】『ガリヴァ旅行記 』ブラックユーモアに溢れた皮肉小説の真実

それで私は、懸命に下目を使ってそちらを見ると、なんとそれが、身の丈こそ六インチにもみたないが、れっきとした人間だったのだ。

(『ガリヴァ旅行記』スウィフト より)

浜辺でドッキリ!

『ガリバー旅行記』というと、この作品のように小人の国に流れ着いたガリバーを思い浮かべるのではないでしょうか? 浜辺でうとうとしていたら小人達に取り囲まれてびっくり。ガリバーのようにいつの間にか小人国に流れ着いてしまったのでしょうか。

作者・ジョナサン・スウィフトと『ガリバー旅行記』

『ガリバー旅行記』の著者のジョナサン・スウィフトは1667年にアイルランドのダブリンで生まれました。イングランドで政治家の書生として働いた後、46歳の時に英国国教会の主任司祭の職につきました。彼は1720年頃から執筆にとりかかり、1726年に『ガリバー旅行記』を出版しました。

この本は正確には『ルミュエル・ガリバー作・世界の様々な遠方民族への旅』というタイトルで、「実在のガリバーという人物が書いた旅行記」というスタイルで書かれています。

ガリバーは船医で世界を航海する度に、何度も嵐に遭っては様々な国に漂着します。ガリバー旅行記は小人の国、巨人の国、変わり者の国々、馬の国という4つの章から成っています。「変わり者の国」の中の一国「ラピュタ国」は宮崎駿監督作品の映画『天空の城ラピュタ』に出てきますね。それにしてもまったくよく遭難する人ですねえ。

ブラックユーモアに満ちた馬の国

『ガリバー旅行記』は童話と思われていますが、実は黒いユーモアに満ちた批判小説なんです。その真骨頂が4番目の章『フウイヌム国渡航記』という馬の国への旅です。

この国は見かけは馬そのものなのに非常に高度で洗練された知性を持つ「フウイヌム」が支配していて、見かけは人間そのものなのに本能のままに生きる知性のない動物「ヤフー」を家畜として使用しています。

野蛮人ヤフー

どこかで聞いたことのある名前ですって? そう、実は検索エンジンYahoo(ヤフー)は開発者のDavid Filo とJerry Yangが、自分たちを「野蛮人」であるとしてガリバー旅行記のヤフーにちなんで名づけたと言われているんです。

ガリバーはこの野蛮人ヤフーに取り囲まれた時、一匹のフウイヌムに助けられます。人格者であるこのフウイヌムの家で養われることになったガリバーは、主人から様々なことを学びます。しかし野蛮な生物ヤフーを一掃するための計画が持ち上がり、ガリバーはフウイヌムの国から去ってゆきます。

「ヤフーのくせに!」

この章で最も重要なテーマは「外見と理性」です。理性的であるものの見かけはヤフーであるガリバー、馬に見えるけれど素晴らしい人格を持ったフウイヌム。主人のフウイヌムは彼のことを理解してくれますが、他のフウイヌム達はずっと「ヤフーのくせに」と偏見を持ち続けたままでした。

彼らのことを責めることはできません。私だって非常に頭が良く、高潔で人格者なサルがいたとしても、全く普通の人間の友達同様に接することができるだろうか?──と思うからです。表面上は仲良くしていても、心のどこかでサルであることを意識してしまうと思うのです。あなただってそうでしょう?

外見と中身

フウイヌムとヤフー、サルと人間を思い浮かべているうちはいいのですが、これを肌の色、人種、性別、民族、容姿などの差別問題と置き換えてみるとすっと背筋が冷えるような思いがします。

人間中身だと言いますが、その外側に対する偏見を全く捨て去ることなどできるのでしょうか? スウィフトがこの物語を書いて既に300年以上が経ちましたが、私たちはこの難問を未だに解けていません。

子供向けとあなどっていると足下をすくわれる『ガリバー旅行記』、この夏どこにも旅行していないという方は、ぜひガリバー先生と一緒に不思議な国を旅してみませんか?

参考文献

『ガリヴァ旅行記 改版』スウィフト 中野 好夫訳

童話として親しまれているガリバー旅行記ですが、実際は黒いユーモアに満ちた風刺SF小説なんです。痛烈な社会批判は、現代の日本にもよくあてはまります。謎に満ちたスウィフトの生涯も推理しながら読むと楽しめます。

このブログは2001年07月23日開設のサイト「幻想画廊」を2019年にWordpressで移築したものです。この記事は16年前の、2002年08月27日(火)に書かれました。文章の内容を変えずにそのまま転載してあります。リンク切れなど不備もありますが、どうぞご了承くださいませ。

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