【メフィストフェレス】ファウスト博士になりたかった男・手塚治虫

時よ止まれ! お前は美しい!

(『ファウスト』ゲーテ より)

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あなたの魂、くださらない?

真っ黒い煙の中から現れた悪魔。「いかがですかセンセ? あなたの魂と引き替えに私と取引いたしません?」手塚治虫の『ネオ・ファウスト』に出てくる悪魔メフィストになってみました。

ゲーテ原作の『ファウスト』は、錬金術師のファウスト博士が悪魔のメフィストフェレス(こちらは女性でなく男性の悪魔です)と契約して、生命の意義を説き明かそうとする物語です。

3つの『ファウスト』

手塚治虫は生涯に3度、ゲーテの『ファウスト』を元にしたマンガを書いています。1950年の『ファウスト』、1971年の『百物語』、1988年の『ネオ・ファウスト』です。私が最初に読んだのは日本の戦国時代を舞台にした『百物語』でした。

『百物語』の主人公・一塁半里(いちるいはんり)は平凡な勘定方。お家騒動に巻き込まれ、罪もないのに切腹する羽目になります。しかしスダマという妖怪に助けられ、若々しい美青年の侍・不破臼人(ふわうすと)に生まれ変わるという物語です。「一塁」も「不破臼人」もどちらも『ファウスト』と読めるのが面白いですね。

未完の大作『ネオ・ファウスト』

1988年の『ネオ・ファウスト』も、青年に生まれ変わった老教授が第2の人生を生きる話です。1970年代、50年以上も生命と宇宙を研究してきた一ノ関教授。彼は結局何一つ真理をつかんでいないことに愕然とします。そこへ現れた悪魔の女メフィストフェレス。教授の魂と引き替えに、若い肉体と第2の人生を与えます。1950年代にタイムスリップした教授はその頭脳を使って莫大な財産を手にし、人工生命を作ろうとします。

時よ止まれ、お前は美しい」というのは、悪魔と交わした契約が達成できたときに教授が叫ぶと約束した言葉です。しかし一ノ関教授はこの言葉を口にしていません。手塚治虫がこの作品を描いている途中で亡くなってしまったからです。

ファウストになりたいと願った男

私は手塚治虫が亡くなったとき、ちょうど日本を離れていました。日本よりは情報が少なかったのですが、いくつかの新聞や雑誌が特集を組んでいて、状況を知ることができました。

ある雑誌に手塚治虫の生前のインタビュー記事が載っていました。その中で手塚治虫は「僕の頭の中には、スーパーマーケットで売るほどアイデアが詰まっています。描くのが追いつかなくていらいらするほどです」と語っていたのが印象的でした。また彼の息子さんであり映像作家の手塚眞は「父はゲーテの『ファウスト』がとても好きでした」と言っていました。

一人の漫画家が3度も同じ作品を取り上げるのはかなり珍しいことだと思います。彼は『ブラックジャック』、『火の鳥』など生命をテーマにした名作を描いていることからも分かるように、生涯「永遠の生命」に取り憑かれた人でした。老いと病気で思うように動かなくなってきた体にむち打ちながら、彼はきっと何度もファウストになりたいと願ったことでしょう。

たえず努力して励む者

ゲーテの『ファウスト』のラストシーンはご存じですか? ファウスト博士は契約通り、未来永劫メフィストフェレスにとらわれてしまうのでしょうか? いいえ、死に行くファウスト博士の魂を手に入れようとするメフィストの横から、天使達がさーっと降りてきてファウスト博士の魂を天界に連れて行くのです。

たえず努力して励む者を、我らは救うことができる」と天使達は唄います。生涯を一つの事にかけて、懸命に打ち込んだファウストは、神に許されて天国に登っていくのです。

鉛筆書きのまま仕上がっていない『ネオ・ファウスト』の原稿が残っています。死の直前までマンガを描いていた手塚治虫は「たえず努力して励む者」に違いありません。彼は亡くなった後も多くの人の心の中で生きています。

参考文献

『ネオ・ファウスト』手塚 治虫

このネオ・ファウストは手塚治虫の遺作となっています。鉛筆書きでペン入れの終わっていない『ネオ・ファウスト』の原稿を見ていろいろ考えました。終わりまで描けなかった手塚さんは不幸だったのでしょうか? それとも死の直前までマンガを描けたから幸せだったのでしょうか?

このブログは2001年07月23日開設のサイト「幻想画廊」を2019年にWordpressで移築したものです。この記事は17年前の、2002年09月17日(火)に書かれました。文章の内容を変えずにそのまま転載してあります。リンク切れなど不備もありますが、どうぞご了承くださいませ。

 

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