人間に恋はできなくとも、人形には恋ができる。人間はうつし世の影、人形こそ永遠の生物。
(『鏡地獄 江戸川乱歩怪奇幻想傑作選』江戸川 乱歩 より)
私の家に住む双子
私の家には双子の人形が住んでいます。この姉妹は14、5歳ぐらいの少女の半分の背の高さです。乳白色のつやつやした爪、少し開けられた口から覗く歯、ほんのりと桜色に染まった性器までが非常に精巧に作られています。
二人とも栗色の髪を肩のところで切りそろえたおかっぱ頭で、まるでよるべない姉妹のように肩を寄せ合い、手を握りあっています。彼女たちは笑っているような悲しんでいるような、少し怒っているような考え事をしているような、不思議な表情です。
ゆらゆらと揺れる瞳
この双子の人形を見たことがあるのは、私の数少ない友人の中でもMさんというアメリカ人女性だけです。初めてこの人形を見た彼女は「ああ」と驚きの声をあげたまま、じっと黙って二人の顔を見つめ続けました。
人形のガラスの眼球の表面には透明な樹脂が薄く塗ってあり、それが目のふちにたまっていて、ぬらぬらと濡れて光っているように見えます。電灯を消しロウソクの光を人形の顔の前で揺らすと、瞳がゆらりと揺れてまるで生きているようです。
Mさんは食い入るように二人を見つめて、ため息まじりに「彼女たちは永遠に生き続けるのね」と言いました。
人形愛、フランシーヌから乱歩まで
人に似たものを愛したい、人に似たものを創り出したいという人形愛(ピュグマリオン・コンプレックス)。この病に取り憑かれた人々は歴史上に、また物語の中にもたくさん登場します。
哲学者のデカルトは、フランシーヌという5歳児の精巧な人形を作らせ、いつもトランクに入れて持ち歩いていました。16世紀の大魔術師パラケルスは錬金術を駆使して、ホムンクルスという人造人間を創り出したと言われています。
日本の古典の『御伽草子』には紀長谷雄という公家が鬼から死体をより集めて作った美女に焦がれるお話が。またバレエで有名な『コッペリア』には人形のコッペリアに恋するフランツ青年、江戸川乱歩の『人でなしの恋』には妻の代わりに人形を愛する夫が登場します。
いったいなぜ人は人形に惹かれるのでしょう?
人形の瞳の奥に見えるモノ
英語には「ベターハーフ」という言葉があります。
「自分の片割れ・パートナー・伴侶」という意味があるのですが、これは天国で一つの魂だったものを、神様がふたつに割き、別々の人間として誕生させるという伝説からきています。もともと一つの魂だった二人は、やがてめぐり合い恋に落ちるのです。日本の赤い糸の伝説と似ていますね。
人形愛の根底にあるものは自己愛(ナルシズム)だと言われています。物言わぬ人形は自分の理想の異性の部分を投影させることができるため、人は人形を見た時になつかしいベターハーフを見つけたように思うのではないでしょうか。
人形は女の子の一番のお友達
双子の人形は、私が年をとっても永遠にすべすべとした薔薇色の頬の美少女のままです。そう思うと私は心が締めつけられるような羨望と嫉妬を、そして頬が火照るような官能を感じます。
人形愛は男性に多いというのですがはたしてそうでしょうか? 昔からいつだって人形は女の子の一番のお友達でした。美しい人形に惹かれない女性がどこにいるというのでしょう。
私の友人のMさんは、『祈り』という作品のコラムにも書きましたが、昨年のテロ事件以来連絡がとれなくなってしまいました。私が双子の人形を見つめる時、彼女の言葉が耳に蘇ってきます。
「彼女たちは永遠に生き続けるのね」
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参考文献
『鏡地獄 江戸川乱歩怪奇幻想傑作選』江戸川 乱歩
収録作品は『人でなしの恋』以外に『人間椅子』『鏡地獄』『芋虫』『白昼夢』 『踊る一寸法師』『パノラマ島奇談』『陰獣』と、乱歩の耽美・官能ホラーの中でもベストオブベストをチョイスしてある短編集です。ここには入っていませんが『押し絵と旅する男』も超お勧めの作品ですよ。
このブログは2001年07月23日開設のサイト「幻想画廊」を2019年にWordpressで移築したものです。この記事は21年前の、2002年08月06日(火)に書かれました。文章の内容を変えずにそのまま転載してあります。リンク切れなど不備もありますが、どうぞご了承くださいませ。