あれは『魚石』という珍宝だ。石を磨いて薄くすれば、透けて中の魚を見ることができる。この魚の遊ぶさまをみていると、心ゆるやかになり、長生きができる……。
(『魚石譚』南條竹則 より)
江戸時代の奇談集『耳袋』
江戸時代の『耳袋』という奇談集をご存じですか? 最近『新耳袋』という、幽霊談や不思議な話を集めた本がベストセラーになっていますが、その元となった本です。この中に『玉石のこと』という、魚石のお話が載っています。
魚石のおはなし
昔々、ある長崎の商人の家の礎石からこんこんと水がしみ出してきた。それを見た唐人が、ぜひ譲って欲しいと熱心に主人に頼んだ。主人はきっと何か価値があるのだろうと、唐人に譲るのを惜しんだ。
主人はその石を取り出して磨いてみたが、うっかり石を割ってしまった。石からは水と小さな魚が流れ出たが、魚はすぐに死んでしまった。
それを聞いた唐人はひどく悔しがった。
「なんともったいない。石の中には魚がいて、石を割らないように透けるまで磨き上げれば、千金の宝になったろうに」
柳田国男・澁澤龍彦・水木しげるも魅せられた魚石
なんとも幻想的なイメージではないですか。柳田国男や澁澤龍彦、水木しげるも著書の中で魚石をとりあげていますが、たくさんの人々が魅了されたのもよく分かります。日に透かしてみると、きらめく水とひらひらと泳ぐ小魚が石の中に見えるなんて、さぞ美しいことでしょうね。
高校生の時に見た珍しい石
こんなものはただのお話で、石の中に魚がいるわけがないと思われるかもしれませんが、私は石の中に閉じこめられた水は見たことがあるのです。
高校生の時に行った科学博物館に、その石はひっそり置かれていました。水を閉じこめためのう石。魚石のように割れるギリギリまで磨き上げられているため、水が中に入っている様がはっきりと透けて見えるのです。もちろん魚はいなかったのですが、私は柳田国男の本で知ったあの石かと思って興奮しました。
振ると、古代の音がする
学芸員のおじさんは、鉱物が結晶化する際にたまたま水が閉じこめられてしまうことがあるのだと説明してくれました。私が熱心に頼んだので、その石を特別に触らせてもらえることになりました。振ってみると、ちゃぽちゃぽと小さく水の揺れる音がしました。
「この石を割ったらどうなるのですか」と私が聞くと、学芸員さんは「気圧が違うから蒸発してしまうかもしれないね」と言いました。「石が割れてしまったら死んでしまう魚と同じなんだなあ」と、その石のことはずっと心に残りました。
魚石はバランスドアクアリウム?
閉じた世界の中で生きる魚というのは不思議なイメージですが、水を入れ替えることもなく、餌をやることもなく水槽内で魚を飼育することは実は可能です。こういった水槽を「バランスドアクアリウム」といいます。
自然界で活動するバクテリアの働きによって水質浄化され、水槽内が完全に自然界の食物連鎖と同様の環境であった場合には、人がほとんど餌やりや水槽の手入れをする必要がないのです。魚石も完全なバランスドアクアリウムだったのかもしれません。
巨大なバランスドアクアリウム・地球
とここまで考えたところで、はたと気付きました。よく考えてみれば、この地球だってバランスドアクアリウムと言えます。真空の宇宙から大気の膜で閉じられている巨大な球なのです。閉鎖されていても大気の循環、食物連鎖が見事に設計されているため、地球の生命は40億年以上も栄えることができました。
もし魚石を小さな地球と考えれば、魚石に素晴らしい価値があるのは当然です。魚石を手にするとは、地球まるごとを手にしたことと同じといえるのではないでしょうか。
このお話の最後では石は割れてしまって、値千金の宝は手に入りません。魚石は人間一人が手にするにはすぎた宝なのかもしれませんね。
参考文献
『異形コレクション5 水妖』井上雅彦
南條竹則『魚石譚』はこの短編集に入っています。井上雅彦が選んだよりすぐりの水の怪異です。人魚、ウンディーヌ、妖怪、水の精……ゾクゾクするほと蠱惑的な世界です。この異形コレクションは他に『ロボット』『変身』『宇宙生物』などの短編集が出ています。どれも絶品。
このブログは2001年07月23日開設のサイト「幻想画廊」を2019年にWordpressで移築したものです。この記事は20年前の、2002年07月16日(火)に書かれました。文章の内容を変えずにそのまま転載してあります。リンク切れなど不備もありますが、どうぞご了承くださいませ。