わたしはもうおなかがいっぱいで、ねむくなりました。さあ、わたしをあなたの部屋へつれていって、あなたの絹のふとんで寝るしたくをしてください。ふたりで寝ることにしましょう。
(『蛙の王様または鉄のハインリヒ』グリム より)
子供に読ませてもいいのか『蛙の王様』
『蛙の王様』──なんというかこれ、非常に納得がいかないお話ですよねえ。グリム童話には理不尽なお話が多いのですが、その中でも『蛙の王様』は理不尽さでいったらナンバー1でです。お子さんのためにグリム童話を買ったお母様方は、はたして子供にこんなお話を読ませて良いものかと悩まれることでしょう。
童話史上、最悪のお姫様と頭の悪い王子様
だいたいこのお姫様、ものすごく性格悪いですよ。まりを取ってきてくれたのにお礼一つ言わないし、蛙にあからさまにイヤな顔するし、しまいには「それじゃあ楽にしてやるよ!」と蛙を思いっきり壁にたたきつけるんですからね。しかもこのお姫様、蛙が美青年の王子様に変身したとたんに、ころっと態度を変えてセックスしてしまうんですよね。
蛙の王子もいったいなんなんでしょうか。蛙時代の自分にさんざんイジワルして、壁に投げつけて殺そうとするお姫様をお嫁さんにする──というのはどういう神経なのか理解不能です。寛容なのか頭が悪いのか……。
この物語の中で一番納得できる人物は「鉄のハインリヒ」です。彼は蛙にされてしまった王子のことを嘆き悲しみ、胸が張り裂けてしまわないように、鉄のたがを3本胸にはめていたという忠義なけらいです。彼は王子が人間にもどったので幸せで胸がいっぱいになり、たががはじけ飛んでめでたしめでたしとなります。しかしこんな王子様やお姫様に仕えなくてはいけないハインリヒは本当に気の毒です。
獣の夫と人間の花嫁
童話には『蛙の王様』や『美女と野獣』のように「獣の姿をした花婿と結婚させられる花嫁」というモチーフを扱ったものが数多くあります。以前「幻想画廊」でとりあげた『青ひげ』も、獣のような気味の悪い容貌ということでこのジャンルに入るそうです。どちらかというとおとなしい動物よりも、どう猛な動物、気味の悪い動物が多いようです。

昔のお姫様というのは自由恋愛などは考えられず、たいてい親が決めたいいなづけと結婚させられました。相手の男性は年齢がかなり離れていたり、容姿に難があったりしたかもしれませんが、好き嫌いを言うことはできませんでした。
夫は気味の悪い動物?
そしてお姫様は現代よりもずっと若い時分に結婚しました。思春期の少女というのは男性に対してとても潔癖なところがあります。女性ならば多分覚えがあると思いますが、「男なんて、ガキっぽくてバカみたいで、野蛮で不潔で全くイヤになる!」とうんざりする時期があるんですよね。そんな幼いお姫様にとっては無理矢理結婚することになる男性は、気味の悪い動物に見えたのかも知れません。
しかし姫は処女喪失を果たした後に、あれほど野蛮で気味悪く見えた動物のような男が、きらきら輝く美しい男に見えるようになります。あばたもえくぼでしょうか。「気持ち悪い蛙は嫌い、でもイケメンの王子様は大好き」という子供っぽさも少女期の女性ならではです。
深読みできるグリム童話
この物語は他にも蛙を異民族と見て、異文化の融合と契約社会という側面から説いた説もありますが、私自身が昔思春期の少女時代を経験しているので「少女の潔癖性」説を取り上げました。他にもハインリヒと王子様のホモセクシュアル説などもあったのですが、童話というのは深読みができて本当に面白いですね。
なるほどとは思ったのですが、だからと言って将来子供ができたときに『蛙の王様』を読み聞かせるのにはやっぱり躊躇するだろうなあ。
参考文献
『完訳グリム童話集 決定版 グリム』 野村 ひろし訳
非常に美しい当時の一枚絵が挿し絵として使われていて、全てそろえたくなるような本です。子供向けですが、大人が読んでも楽しいグリム童話ですよ。それにしてもグリム兄弟はどうして『蛙の王様』を第一話に入れたんでしょうね。
むかしむかしあるところに、お姫様がいました。ある時にお姫様が泉のそばで金のまりを投げて遊んでいると、まりはころころと転がって泉にぽちゃりと落ちてしまいました。お姫様はそのまりをとても大切していたので、嘆き悲しんでつぶやきました。
「誰かあのまりを取ってきてくれたら、何でも欲しいものをあげるのに」
それを聞いた、一匹の蛙が言いました。
「あなたが私をお友達にしてくれるなら、わたしを隣に座らせてくれてあなたの金の皿で一緒に食べさせてくれるなら、あなたのベッドに寝かせてくれるのなら、わたしを愛してくれるのなら、金のまりを取ってきてあげましょう」
お姫様が頷くと、蛙は水に潜って口にまりをくわえて上がってきました。まりを取り戻したお姫様は大喜び。蛙の約束などすっかり忘れてお城へとんで帰りました。蛙は「待って下さい! 私はそんなに早く走れません」と声を張り上げましたが、お姫様は蛙を無視して走り去りました。
次の日にお姫様が王様と共に食卓に着いていると、ぺちゃりぺちゃりという音を立てて、何かが階段を上がってきました。そしてそれは扉の前に立つと「お姫様開けてください」と言いました。それは昨日の蛙でした。
お姫様は王様に言いました。
「外に気持ち悪い蛙がいるのです。昨日私の金のまりを泉から取ってきてくれたお礼に、私のお友達にしてあげると蛙に約束したのです」
王様は言いました。
「約束をしたことは守らなくてはいけない。さあ、蛙に戸を開けてあげなさい」
お姫様が戸を開けてやると蛙はテーブルまでぺたぺたと歩いてきて言いました。
「わたしをあなたの隣の椅子に上げてください」
お姫様は気味が悪くて嫌でしたが、王様はそうするように命令しました。蛙は上にあがると言いました。
「あなたと一緒のお皿で食べたいのです」
お姫様は嫌々ながらも蛙と同じ皿で食事をしました。
蛙はお腹いっぱい食べると言いました。
「わたしはもうおなかがいっぱいで、ねむくなりました。さあ、わたしをあなたの部屋へつれていって、あなたの絹のふとんで寝るしたくをしてください。ふたりで寝ることにしましょう」
お姫様は仕方なく蛙を自分の部屋へ連れて上がり、ベッドに入りました。そして蛙をつまみあげると力一杯壁にぶつけて言いました。
「それじゃあ、楽にしてあげるよ! いやらしい蛙め!」
ところが、下に落ちてきたのは蛙でなく、美しい若い王子でした。王子は悪い魔女に魔法をかけられていたのです。そしてふたりは喜んで一緒に眠りました。
次の朝目が覚めると、8頭の馬に引かれた馬車がやってきました。そこには王子の忠実なけらい、ハインリヒが乗っていました。ハインリヒは王子が蛙に姿を変えてしまったのをとても悲しんで、悲しみのあまり心臓が張り裂けないように、胸の回りに3本の鉄のたがをはめねばなりませんでした。
王子はお姫様と一緒に馬車で王子の国へ向いました。馬車がしばらく道を進むと、王子は自分のうしろで何かが壊れる音が聞こえたので、振り返って言いました。
「ハインリヒ、馬車がこわれたぞ」
「いいえ王子様、馬車ではありません。わたしの胸の『たが』が、ひとつ壊れました。王子様が蛙でいらしたときに胸のつらさを押さえていた『たが』が」
そのあと2回、旅の途中で音がしました。王子はそのたびに馬車が壊れたのかと思いました。しかしそれは、ハインリヒの胸からはじけ飛んだ、たがの音でした。
このブログは2001年07月23日開設のサイト「幻想画廊」を2019年にWordpressで移築したものです。この記事は20年前の、2002年09月10日(火)に書かれました。文章の内容を変えずにそのまま転載してあります。リンク切れなど不備もありますが、どうぞご了承くださいませ。