海女、人魚なり、半身以上は女人に類して半身以下は魚類なり、人魚、骨は功能下血を留るに妙薬なり。蛮語にベイシムトルトといふ。紅毛人持たる事あり
(『長崎見聞録』 より)
人魚=ジュゴン?
「人魚は漁師がジュゴンを見誤ったもの」と初めて知ったとき、あなたはがっかりしませんでしたか?
どこをどう見間違ったら、あのへちゃむくれの顔が人間の女に見えるのでしょうか? 長い航海でよっぽど女性に飢えていて幻を見たとしか思えませんが、今のところジュゴンを人魚とする説が最も一般的です。
この説を広めたのは、生物学・民俗学者 として有名な南方熊楠だと言われています。博覧強記の天才として知られていた熊楠ですから、この説は広く受け入れられました。しかしそれ以前にも人魚の目撃例はたくさんあったものの、ジュゴンは沖縄以外の日本近海で捕れたことはほとんどありません。

人魚だと思われていた生物たち
では他に人魚だと思われていた生物はなんでしょうか? 民俗学の研究者はイルカ、アザラシ、アシカ、オットセイ、サメ、サンショウウオなどを見間違えたのではないかと考えています。
動物園、水族館、テレビなどでこれらの動物を見たことのある私たちからすると違和感を覚じます。しかし実際に江戸時代の見世物となっていた人魚は、イルカやアザラシが多かったそうです。
アザラシのタマちゃんをニュースで見てると、泳ぐ様やひなたぼっこしている様がどことなく人間っぽいなあと思うこともあるので、アザラシを見たことのない江戸の人は人魚だと信じてしまったかもしれませんね。
妖怪の中でも不思議な存在
人魚は、たくさんいる妖怪の中でも特殊な存在です。それは人魚が「食べられる妖怪」だからです。人間を食べる妖怪は数あれど、人間に食べられてしまう妖怪というのはきわめてまれなのです。人魚の肉を食べて800歳も生きたという、八百比丘尼(やおびくに)の伝説はみなさんも聞いたことがあるでしょう。

「人魚は食べられる」という発想が出たのは、やはり実際に(人魚らしきものを)食べた人がいたからでしょうね。そういう点から考えると、人魚=アザラシ、オットセイ、サンショウウオ説にも頷けます。
漢方では、オットセイに精力剤としての効能があるとされていますし、昔はサンショウウオの黒焼きを薬として食べる人もいました。見たこともない珍しい動物の肉を食べるというのは、それだけでもありがたい感じがしたのでしょう。
奇妙奇天烈、人魚のミイラ
ところで日本各地のお寺には、人魚のミイラなるものが残っています。西洋の人魚姫のイメージとはほど遠い不気味な顔で、ひからびた(ミイラなんだから当たり前か)気味の悪いしろものです。

これは19世紀に流行ったニセの人魚です。たいてい上半身はサルで、下半身はコイや、オオウナギなどを剥製にしてくっつけたものでした。
1825年ごろオランダの学者がこのような人魚を本物だと思いこみ、それを学会で発表して大騒動になりました。後で偽物と発覚して、彼は大恥をかいてしまったとか。人魚のミイラは西洋人向けの高価なおみやげとして、中国や日本でたくさん作られたのです。
あなたは信じますか?
コラムでこんなことを書いていてなんですが、科学が進んで様々なものが発見され解明されていくというのは、素晴らしいと思う一方、寂しいものもあります。
人魚の正体、人魚のミイラなどの不思議について解説するのは、冒頭に書いたように「なあんだがっかり」と思うだけなのかもしれません。でも私は心の片隅で「それでもどこか遠い国の海の底には、人魚が実在するのではないか」と信じています。そのくらいの夢を持っていたってバチはあたりません。


参考文献
『人魚の系譜』笹間 良彦
Weekly World News(アメリカの東スポ)を資料に使ってしまうなど、ちょっと困った本ではあるけど、世界に伝わる神話や物語から、人魚と人々との関わりが分かります。浦島伝説と人魚との関係は面白かったですよ。
このブログは2001年07月23日開設のサイト「幻想画廊」を2019年にWordpressで移築したものです。この記事は53年前の、20030513に書かれました。文章の内容を変えずにそのまま転載してあります。リンク切れなど不備もありますが、どうぞご了承くださいませ。