【エルドラド】探険家が探し回った伝説の地・エルドラドの謎

支配者としてのインカ族は金細工を大量に所有していた。クスコの太陽の神殿の中庭には、畑をまねて金のトウモロコシが植えられ、金の家畜がたわむれた。王族の使う器は金や銀で作ってあった。

(『黄金郷伝説』大貫良夫 より)

財宝の眠る湖

16世紀の南米。ヨーロッパからの植民者は不思議な噂を耳にしました。

アマゾンの奥地には、全身を金粉で塗った族長が、儀式のために湖で水浴びする国がある。神官は宝石と金で飾られた装飾品を、神への貢ぎ物として次々と湖に投げ込む。そして湖の底には金粉と、財宝がごっそりと沈んでいる──

これが有名な南米の黄金郷・エルドラドの伝説です。

黄金の女?

エルドラドとはスペイン語で、El (=The) Dorado (=Goldman)、つまり「黄金の男」という意味で、金粉で塗られた族長をさしました。これが転じて、「黄金郷=エルドラド」になったんですね。今回のギャラリーでは、「黄金の男」ならぬ「黄金の女(La Dorada)ラドラダ」になってみました。

コンキスタドールの欲望

1492年のコロンブスの新大陸到達、1497年以後4回にわたるスペインの航海者、アメリゴ・ベスプッチの新大陸探検以来、多くのスペイン人征服者(コンキスタドール) が南米に渡りました。このアメリゴの名前から、新大陸が「アメリカ大陸」と呼ばれるようになりました。金銀財宝が沈む湖、金で飾られた建物がひしめく黄金郷のイメージに、コンキスタドールは目をぎらつかせました。

黄金の国

当時メキシコ中央高原にはマヤ文明・トルテカ文明から生まれた広大なアステカ帝国がありました。アステカ人は太陽暦を持ち、高度な数学を使ってピラミッドや神殿を建設していました。またインカ族は現在のコロンビアの南部からチリ中部にかけて、広大な統一国家・インカ帝国を築いていました。インカ帝国では優れた石造技術によって宮殿や道路などが建設され、金・銀を使った装飾物が大量に製造されていました。

滅亡する帝国

しかしアステカ帝国は1521年にスペイン人のコルテスによって滅亡し、インカ帝国はスペイン人のピサロによって1533年に滅ぼされました。

インカ帝国の数万の兵士に対し、ピサロの軍にはわずか200名ほどの兵士しかいなかったと言われています。それなのにインカ帝国があっけなく滅ぼされてしまったのは、彼らが非常に平和的な民族で戦闘に慣れていなかったためです。特に初めて見るスペイン人の鉄砲には、全く太刀打ちができませんでした。

暗黒の時代と幻のエルドラド

コンキスタドールは各地で食物や財宝を略奪し、女を強姦し、村人を惨殺しました。これは血みどろの南米暗黒の時代の幕開けでもありました。

一攫千金の夢を叶えたコンキスタドールの噂を聞きつけて、さらに多くのヨーロッパの人々が、アマゾンの奥地へ向かいました。彼らは各地で土地の人々の財産を巻き上げ、富を手に入れましたが、肝心のエルドラドは見つかりませんでした。

現在南米は保護地区が多く、複雑な手続きや厳しい自然が調査を阻んでいるためか、エルドラドはまだ発見されていません。エルドラドは欲の深いコンキスタドールが見た幻だったのでしょうか?

現代のエルドラドはどこに?

しかし現代の黄金郷は意外なところにあるのです。それはネットの中。現代のコンキスタドールが目を付けたのは、現在手つかずと言われている英語圏以外のネット市場です。特にスペイン語圏のネット市場は巨大なビジネスマーケットとして注目されています。

生き馬の目を抜くIT企業の世界が、かつての黄金を求めるコンキスタドールの歴史と重なって見えるのは私だけではないでしょう。ITへの認識が甘く純朴な企業は、かつてのようにしたたかで残酷な巨大IT企業にあっという間に滅ぼされてしまうのかも知れません。

参考文献

『黄金郷伝説 エル・ドラードの幻』大貫 良夫

南米に伝わる、様々な伝説の都市、国を開設しています。勇敢な女性戦士・アマゾネス、黄金郷の王・エルドラード、黄金都市・マノア──探検家たちの執念と、植民地政策に背筋が寒くなる部分もありますが、南米探検史を興味深く読むことができます。

このブログは2001年07月23日開設のサイト「幻想画廊」を2019年にWordpressで移築したものです。この記事は20年前の、2003年05月06日(火)に書かれました。文章の内容を変えずにそのまま転載してあります。リンク切れなど不備もありますが、どうぞご了承くださいませ。

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