【海】グレイのパラドックスとは? 物理の常識を越えて泳ぐイルカの秘密

バンドウイルカの場合、体長は二メートルを超え、ヒトよりも若干大きいくらいである。しかし泳速度を比べると、ヒトの四倍から五倍もの速さで泳ぐ。

(『人はどこまで速く泳げるのか』高木 英樹 より)

イルカさんと握手

イルカを触ったことありますか? 私は小さいときに水族館のショウでイルカと握手をしたことがあります。

絵本やテレビのイメージから、イルカってツルツルした肌触りなのかなと思っていましたが、意外に皮膚がザラザラしていて驚きました。なんだかゴムタイヤを触っているような感じでした。大人になってからは、調教師のお姉さんの「イルカと握手したい人~!」の声に手を挙げても、全然ステージに上げてもらえません。子供しかだめなのね。

イルカの謎・グレイのパラドックス

イルカは海に住む動物の中でもポピュラーで身近な生物です。しかしその生態については実はまだよく分かっていません。

例えばイルカの泳ぐ速度。「グレイのパラドックス」という有名な逆説があります。これは物理学、流体力学の常識を越えて、イルカが考えられないほど速く泳ぐということです。

1936年にサー・ジェイムズ・グレイというイギリスの動物学者がイルカの速度を分析しました。イルカが泳ぐ時に必要な動力は、イルカに加わる流体の抵抗に進行速度を乗じることによって求められます。しかし計算によるとイルカの体重当たりの動力は30~50W/kgfにも達し、ヒトやイヌなどの哺乳類動物の約10W/kgfに対し数倍も高くなっているのです。

これは生物学上、信じられないほどのエネルギーです。ヒトもイルカもそれほど筋肉の構造は変わらないのに、なぜイルカだけがこんなパワーを出せるのでしょうか?

イアン・ソープの水着

イルカが速く泳げる理由の一つに「体表の突起」が挙げられます。イルカを触ったときにザラザラしていたと書きましたが、イルカの皮膚の表面は鮫肌のような非常に細かい突起があり、それが水の抵抗を少なくしているというのです。

イルカや鮫の肌の仕組みは、水着にも応用されています。1990年代以前はスポーツウェアメーカは競って、薄く、軽く、小さい水着を作ってきました。しかし、2000年のシドニーオリンピックでは、小さい水着ではなく、全身を覆うフルボディタイプの水着を水泳選手が身につけていましたね。水泳界のヒーロー、イアン・ソープ選手のスイムスーツもこのタイプのものでした。

イルカ化が、記録のカギ

この水着の表面には細かい鱗状の溝が刻まれていて、水の抵抗が少なくなるようにしています。ハイテク水着は、イルカなど速く泳ぐ動物の研究のたまものです。ヒトがイルカ化することによって記録を伸ばそうとしているのです。

また別の理由としてイルカは普段体の表面からぬるぬるした分泌物を出していて、これが水の摩擦抵抗を減らしていると考えられます。しかしこれらの説もイルカの異常なスピードの説明の決定打とはなっていません。

謎の多い生き物

速度の他にはイルカの治癒能力の謎があります。イルカにはヒトを癒す能力があるとも言われ、自閉症や鬱病の治療に、イルカと一緒に泳ぐイルカセラピーが行われています。またイルカは「ソナーシステム」といわれる、コミュニケーション能力を持っています。しかしソナーシステムによって、イルカがどのような情報伝達をしているのかもまだ分かっていません。イルカは身近なようでいて、謎が多い生き物なんですね。

今後イルカの研究が進めば、物理学、流体力学、医学、スポーツ科学、言語学、哲学など様々な分野で知の飛躍があるでしょう。イルカのショウで私が握手をしたように、人間とイルカが手を結んで共存していけたらいいですね。

参考文献

『人はどこまで速く泳げるのか』高木 英樹

オリンピックでの大活躍で注目されたイアン・ソープ。人間ってどこまで速く泳げるんだろう? という疑問に答えてくれます。分かりやすい文章で、ハイテク水着、イルカの水泳法など、水泳のサイエンスを解説しています。

このブログは2001年07月23日開設のサイト「幻想画廊」を2019年にWordpressで移築したものです。この記事は16年前の、2002年11月26日(火)に書かれました。文章の内容を変えずにそのまま転載してあります。リンク切れなど不備もありますが、どうぞご了承くださいませ。

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