【植物】高校生時代の生物部の思い出と、植物の持つ驚異の力

風雨にさらされてほとんどぼろ布に近くなった衣服の間から見える両足も、胴体も、そして両腕も、すでに植物化していて、ところどころからは枝が生え、まるで羽ばたいているかのように肩の上まで大きくさしあげられた両腕の先からは、ぽつぽつと緑の若芽がふき出していた。

(『佇むひと』筒井 康隆 より)

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白衣の高校時代

高校生の時は生物部に所属していました。研究課題はカーネーションの組織培養。当時の私はこの部活動に夢中でした。授業が終わると生物室で白衣に着替えて、試験管を洗う毎日を送りました。

白衣と制服の他にはろくに服をもっておらず、分厚いメガネをかけていて、趣味と言えばコンピュータのゲームか、図書館に通うこと。もうまったくもって、ダサダサのモテない女でした。だいたい流行のことにも疎いし、おしゃれも全くしないしで、イケてないのは当たり前といえば当たり前。

私がじっとみつめるのは、運動部のかっちょいい男の子ではなく、試験管の中の細胞でした。

カーネーションのクローン

部活ではカーネーションの細胞組織の成長点(カルス)を寒天で作った栄養基本培地に植えつけて、植物のクローンを作っていました。成長点は花や根、茎などを作る元の細胞です。この成長点だけを上手く切り出し栄養基本培地で培養すると、元の植物と全く同じコピー、つまりクローンができるんです。

高校生の時に作ったクローンカーネーション

最終的にはカーネーションのクローンを数百本作ることに成功しました。と言っても高校生でもできるくらいなので、作るだけならそれほど難しくはありません。栄養基本培地に加える薬品の分量をいろいろと変えて、どのように成長に変化があるかを調べることの方が肝心なんです。

千年たっても細胞分裂を繰り返す植物

私が夢中になっていたのは植物の持つ万能性でした。人間は歳をとると細胞の分裂が上手くいかなくなって老化現象が起こります。分裂する度にだんだんそのコピーが劣化する上に、分裂する回数がテロメアで決まっているのでやがて死に至ってしまいます。

しかし樹齢千年を越える老木の先端部分の成長点では、千年前と変わらない細胞分裂を繰り返しているんですよ。千歳でも赤ちゃん並に成長する部分があるなんてすごい!

植物の才能「木質化」

もちろん植物にも老化はあります。植物は死んだ組織を「枯れる」ことで処理します。また枯れて切り離すことができない幹の部分は木質化が起きます。細胞が死んだ後も、リグニンという物質が細胞の間に強い組織を作るので丈夫なまま。千年以上もたつ木造建築が今も残っているのは、このリグニンのためです。

草花にはリグニンはないものの、環境の変化に対して非常に柔軟です。冬や雨の降らない時期には地上に出た部分を枯らして根だけで耐えたり、種を残して次に良い環境が整うまでじっと待っていたりします。植物は生きるのがとっても上手ですね。

「進化」と「進歩」

進化(=evolution)」と「進歩(=progress)」はよくごっちゃに使われていますが、全く違うものです。

進化とは単に「環境の変化に合わせて変化すること」にすぎません。人間は最も進化した優れた存在なのだ──と思うのは人間のおごりです。人間は「進化」はしても「進歩」していないのかもしれないのです。植物は、きっと人間が滅びた後も賢く静かに生き続けていくでしょう。

昔のアルバムの写真には、制服の上に白衣を着た私が写っています。数百本のクローンカーネーションの前でビン底メガネをかけて。

もう少しおしゃれでもしてボーイフレンドもできたら、楽しく華やかな学生時代だったろうになあ。でもバカみたいに植物に熱中し、ニッカと笑っている私の写真を見ると「ま、いっか」とも思えてくるのです。

参考文献

『鍵 自選短編集』筒井 康隆

近未来、政府に反抗的な人々は植物化する手術を受けさせられ、街頭に植えられていた。作家である主人公の妻も捕らえられ、道ばたに植えられてしまう。だんだん植物化する妻を思う夫の心情が痛々しい。胸が締め付けられるような極上のショートショートです。まだ筒井康隆を読んだことがない人がうらやましいと思える傑作短編集ですよ。

このブログは2001年07月23日開設のサイト「幻想画廊」を2019年にWordpressで移築したものです。この記事は17年前の、2002年06月04日(火)に書かれました。文章の内容を変えずにそのまま転載してあります。リンク切れなど不備もありますが、どうぞご了承くださいませ。

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