So this is X’mas And what have you done Another year over And a new one just begun And so this is X’mas I hope you have fun The near and the dear one The old and the young
今日はクリスマス これまでどうだった? 一年が終わって 新しい年が始まった そう、今日はクリスマス! みんな楽しいといいね 身近な人も親しい人も お年寄りも若い人も
(『Happy X’mas (War Is Over)』ジョン・レノン より)
クリスマスの憂鬱
こんなところ来たくなかったのに。
麻理はそっとため息をもらした。もう中学生になるというのに、クリスマスイブに家族と教会に来ているのが恥ずかしかった。それに買ったばかりのスティーブン・キングの新刊を一刻も早く家に帰って読みたかった。あーあ、せっかくのお休みの夜なのに……。
皮肉屋・麻理のためいき
目の前では日曜学校に通っている小学生たちが、舞台の上で毎年恒例の「キリスト生誕」の場面を演じていた。マリアの夫ヨセフが言った。
「なんとめでたい、御子がお生まれになった!」
麻理はつぶやいた。
「まったくおめでたいよね。旦那の自分が知らない間に奥さんが妊娠してんのに、無邪気に喜んでんだから」
雪道を歩いてきてブーツのつま先が、冷たく不快だったこともあって皮肉っぽくなっていた。子供の演技にいちいち大げさに反応している親たちを見ると無性にイライラした。
ヒツジ飼いとヒツジ登場
突然教会の後ろの扉が大きな音をたてて開いた。皆が振り向くとそこには大きなヒツジが2頭、ヒツジ飼いの衣装をつけた小学生の男の子2人と一緒に立っていた。
「やあ、おめでたい! イエス様のお誕生のお祝いにきました!」
麻理の横に座っていた高校生の男の子が、隣の父親らしき人に
「あのヒツジ、近くの農場主が劇のためにって貸してくれたんだってさ。子供が喜ぶからって」
と耳打ちした。観客の子供達はヒツジだ、ヒツジだとざわめきはじめた。
ヒツジ大パニック!
2匹のヒツジはぶるぶると震えていた。いきなり大勢の人間の前に引き出されたからだろう。ヒツジ飼い役が、いやがるヒツジを強引に引っ張って舞台に連れて行こうとすると、まわりの人々がどっと笑った。そして1匹のヒツジは恐怖のあまり、失禁した。
年配の女性が靴におしっこをかけられたと金切り声をあげた。子供達が口々に「おしっこだ!」「やだ、臭う!」「うそ!」と叫んだ。近くにいた観客はイスを倒して立ち上がった。2頭のヒツジは騒ぎにパニックを起こして暴れ始めた。役者は引き綱を離した。ヒツジは舞台に向かって突進した。
惨劇の跡
20分後、2匹は数人の男達によって取り押さえられ、教会の外に引きずられていった。舞台の上に避難して固まっていた観客達は、ようやく階段を降りることができた。舞台の下は惨状だった。
ヒツジが体当たりしたクリスマスツリーはなぎ倒されて、折れた枝があちこちに落ちていた。ケーキはクリームをたっぷり床になすりつけて、部屋の隅に転がっていた。イスや机が散乱し、獣の悪臭が立ちこめていた。
誰も何も言わなかった。牧師も観客も衣装をつけた小学生も、みんな汚れた床を見つめていた。ヨセフ役の男の子は口をへの字にして涙をこらえていた。
牧師沈黙を破る
それまでずっと黙っていた牧師が、急に頭をかかえてうめいた。そしてたっぷり沈黙した後、こらえきれずに
笑った。
牧師のクククという押し殺した笑いが、やがて爆笑へと変わった。周りの人々は心配そうに牧師を見つめていたが、牧師は笑うのを止めなかった。するとそれを見た子供が笑った。
「これ!」と隣の母親が注意したが、つられて笑ってしまった。少しずつまわりの人々も吹き出し始め、だんだんと笑い声は大きくなっていった。
麻理も最初は牧師の様子を唖然として眺めていたが、隣に立っていた妹が身体をくの字にして笑っているのを見て吹き出した。何がおかしいのかよくわからないまま、みんな体をゆすって笑っていた。麻理は涙がでてくるほど笑い続けた。ヨセフの役の子もとなりの子供の肩を叩いて笑った。教会中が笑っていた。
ハッピー・ハッピー・クリスマス
メリークリスマス! ハッピークリスマス! こんな最悪で、最高のクリスマスは初めてだわ。ヒツジが大暴れして、ケーキもツリーもめちゃくちゃ。でも何はともあれ、ここにいる人はみんな元気で、笑っている。
笑い声は賛美歌のように教会に響いていた。そしてそれは屋根を突き抜け、冬の夜空に吸い込まれていった。
追記
これ実話でして、アメリカにいたときに起こった惨劇です。ヒツジが暴れ出した時には、教会中が阿鼻叫喚のパニックに陥りましたが、一生忘れられないクリスマスになりました。
参考文献
『御手洗潔の挨拶』島田 荘司
多分この中の『数字錠』は、ミステリとしては評価は低いかもしれません。でも私は御手洗シリーズの中で最も好きな作品の一つです。クリスマスイブのちょっと哀しく、そして心を暖かくしてくれる物語。私も御手洗さんと石岡くんの見た景色が見たくて、クリスマスに東京タワーに上ったことがありますよ。
日曜学校クリスマス ※リンク切れ
このようにクリスマスで教会で行われるキリスト生誕の劇のことを「降誕劇」(ページェント)と言います。写真のような感じですね。たいてい小学校の低学年の子どもが演じます。ほほえましいですよ。
このブログは2001年07月23日開設のサイト「幻想画廊」を2019年にWordpressで移築したものです。この記事は20年前の、2002年12月24日(火)に書かれました。文章の内容を変えずにそのまま転載してあります。リンク切れなど不備もありますが、どうぞご了承くださいませ。