約束してくれないか、色白の顔のわがピアニストよ。鍵束の全部の鍵を使ってもよいが、きみに見せたあの最後の鍵だけは絶対に使わないことを約束してくれないか。
(『血染めの部屋 大人のための幻想童話』アンジェラ・カーター より)
「青ひげ」のお話
昔々あるところに、大金持ちの貴族が住んでいました。その名も「青ひげ」。そう呼ばれるのは、彼が青々とした不気味なひげをたくわえていたからです。青ひげには以前6人の妻がいましたが、みな行方知れずになっていました。
ある村の地主の娘が青ひげに見初められました。娘の両親も娘の双子の兄も気味悪がって止めましたが、娘は青ひげの妻になりました。青ひげは魅力的な男性でした。娘は何不自由ない生活を送りました。
決して入ってはいけない部屋
ある日青ひげは用事で家を留守にすることになりました。その間、娘に家中の鍵をあずけて言いました。
「どの部屋に出入りしても構わないが、地下のあの小部屋にだけは決して入ってはいけないよ」
留守中に娘はあちこちの部屋を開けて過ごしました。ドレスがどっさり詰まった部屋、宝石で飾られた部屋、世界の珍しいみやげものがたくさん置かれている部屋──でもそのうちにどの部屋にも飽きてしまいました。そうなると気になってくるのは例の「小部屋」。
見たい。どうしても見てみたい!
娘が見たモノは……!
娘は誘惑に勝てずに地下の小部屋を鍵で開けてしまいます。そこにはなんと、今までの奥方たちの無惨な屍が血だまりの中に転がっているのでした。思わず鍵を落としてしまうと、鍵には床の血がべっとりとついてしまいました。娘は慌てて地下から逃げ出して鍵を必死で洗うのですが、なぜか血は全く取れないのです。
その夜突然青ひげは帰ってきました。そして血で赤黒くなった鍵を見て言いました。
「お前、あの部屋に入ったね」
愛する人との約束
今回のギャラリーはフランスに伝わる『青ひげ』という民話を取り上げました。
愛する人から『これだけは絶対にしないでくれ』と頼まれるものの、約束を守ることができずに悲劇が訪れる──というパターンは世界中の物語によく見られます。ギリシア神話では、決して振り向くなとエウリディケに言われるのに、振り向いてしまうオルフェウスの物語。日本の民話では鶴の化身である妻に、決して覗くなと言われても夫が覗いてしまうという『鶴の恩返し』。
なぜ人は愛を試すのか
愛する人がいる時、その愛をたしかめてみたいというのは抗いがたい欲求です。人間誰でも自分が恥じている部分はあります。だらしがない自分、劣等感を持っている自分、過去に失敗してしまった自分──自分が愛する人は、そんな自分も許してくれるだろうか? 自分のマイナス面も愛してくれるだろうか? そう思い始めたときに、人は相手を試したくなってしまうのでしょう。
自分がコンプレックスに思っていることも相手がそれを許してくれるなら、二人の関係はより強固になります。しかし自分が愛されている証拠がほしいためだけに相手を試すようになったとき、このお話のような悲劇が訪れるのです。
それは相手が好きなのではなく、愛されている自分が好きという暗いナルシズムでしかないからです。
哀れ、青ひげの最期
この後逆上した青ひげは妻を塔に閉じこめ、彼女も「小部屋」の住人にしようとします。妻は塔の窓から大声で叫びます。「兄さん助けて!」 妹の悲鳴を聞いて、馬に飛び乗り駆けつける双子の兄2人。青ひげは一刀のもとに首をはねられてしまます。
自分に忠誠を誓って欲しい、自分を理解して欲しい、癒して欲しい、愛して欲しい──恋愛は自分の分身を愛することだとも言いますが、青ひげは一度も他人を愛したことがない可哀相な人だったのです。
参考文献
『血染めの部屋 大人のための幻想童話』アンジェラ・カーター
イギリス文学界の「妖精女王」アンジェラ・カーターの短編集。一時期『本当は残酷な童話』のブームがありましたが、この『血染めの部屋』は秀逸です。表題作の『血染めの部屋』は青ひげの童話を元にしていますが、血と死の匂いが立ちこめた官能的で耽美な一品です。うーん、デカダンス!
このブログは2001年07月23日開設のサイト「幻想画廊」を2019年にWordpressで移築したものです。この記事は20年前の、2002年04月23日(火)に書かれました。文章の内容を変えずにそのまま転載してあります。リンク切れなど不備もありますが、どうぞご了承くださいませ。