信じてください。ぼくは、きみがこれを読む八十年もあとの時代に実在し、生きているのです。きみと恋に落ちたことを、心の底から信じながら
(『愛の手紙』ジャック・フィニィ より)
最近「手紙」を書きましたか?
最後に手紙を書いたのはいつですか? コンピュータの「メール」じゃなくて、便せんに書く「手紙」のことです。私が中学生ぐらいの時には、文房具屋さんで可愛いレターセットを選ぶのが楽しくて仕方ありませんでした。でもここしばらくは形式的なお礼状以外の手紙を書いた覚えがないんですよね。みんなメールでやりとりしています。
紙の手触り、書体のいろいろ
先日家の大掃除をしたときに、古い手紙の束が出てきました。少し変色してぱさぱさになった便せん、薄くかすれたペンの文字。それらを眺めていると、当時の友達の顔や思い出が鮮やかに蘇ってきました。
無骨な書体、柔らかい書体、丸っこくて可愛い書体──文字の書き方によって人となりが伝わってくるようです。デジタルデータとしてのメールは内容を検索するときに便利ですが、昔もらった便せんと封筒の手紙は、一瞬で過去に運んでくれるタイムマシンのようです。
今回は「手紙」をテーマにした、ロマンチックなSFをご紹介しましょう。ジャック・フィニィの『ゲイルズバーグの春を愛す』という短編集から『愛の手紙』です。
隠し引き出しから出てきた手紙
主人公の青年は古道具屋で古い机を買います。ふとしたことから、その机の引き出しの中に隠し引き出しがあることを発見します。ドキドキしながら開けてみると、中には白紙の便せんの束と封筒、インク、ペンが入っていました。ずいぶん古いもののようです。
その中の封筒の一つに厚みがあったため、青年は封を開けてみます。するとそれは1882年に書かれた手紙でした。美しく優雅な筆跡の女文字。その手紙はヘレン・ウォーリーなる80年前の女性が、空想上の理想の男性に宛てたラブレターだったのです。
ヘレンの手紙
「愛する人よ」──とヘレンはつづります。彼女はもうすぐ望まない結婚をしなければなりませんでした。その不安や悲しみや愛への憧れを、空想の恋人に向けて手紙に書いたのです。
青年は恋に落ちました。何十年も前にこの机に向かって秘密の手紙を書いたヘレンに同情したのかもしれません。
でもよく言うではないですか「かわいそうたあ、惚れたってことよ」って。
青年の恋文
彼は机に入っていた便せんに手紙をしたためました。「あなたの手紙を読みました。ぼくはきみに対して、誠心と愛情をささげられることを約束します」
青年は書き終えた手紙を机の中の古い封筒に入れ、子供の時に手に入れた1869年発行の2セント切手を貼り、古道具屋がその机を手に入れた屋敷の住所とヘレン・ウォーリーの宛名を書き、その街で一番古い郵便局のポストへ投函します。半分ばかばかしいと思いながらも、青年の心に不思議な達成感が沸き上がりました。
過去と未来の恋
そしてしばらく経ったある夜、青年が机の真ん中の引き出しを開けてみると、そこにも隠し引き出しがあり、なんとヘレンからの手紙が入っていたのです。
「あなたはいったい誰なの?」と驚きながらも、手紙の主に会いたいと書くヘレン。青年は全てを手紙に告白します。自分はヘレンのすぐ近くに住んでいるけれど、生きている時代は1962年という100年後の未来であること。古道具屋で机を手に入れ手紙を見つけたこと。その手紙の女性に恋をしてしまったこと──。
そして残り一つになった隠し引き出しを1週間後に開けてみると書きました。それが彼らの最後の通信手段なのです。
最後の引き出しに入っていたもの
1週間後に青年が引き出しを開けると、そこには古い写真が入っていました。古めかしいスタイルのドレスを着たヘレンの姿です。写真には「永遠の思い出のために」と書かれていました。それが彼女の答えでした。
その後青年はもう一つだけ残された通信手段を思いつくのですが、その甘くせつないラストはぜひ物語を読んでみてくださいね。
心は時間を超えられるタイムマシン
この短編集の中の『愛の手紙』は15分ぐらいで読めてしまうほど短い作品です。でも何年経ってもせつない初恋のように思い出す、とっても素敵なお話なんですよ。そして青年の書くラブレターは実に素晴らしい名文です。
『愛の手紙』は、もう何十年かして紙の手紙がすたれてしまったら「何の事やらさっぱり分からない」というお話になってしまうのでしょうか?
いいえ、私はそうは思いません。
昔の写真、子供の頃大切にしていたオモチャ、古い映画──古いものを手にしたり、目にしたときに人は時間の壁を越えることができるのです。一瞬にして鮮やかに過去を思い出せるという脳の機能は、未来の人間もきっと変わることがないでしょう。
ノスタルジックな『愛の手紙』は心のタイムトラベルを扱ったSFの名作ですのでぜひご一読を。
参考文献
『ゲイルズバーグの春を愛す』ジャック・フィニイ 福島 正実訳
実は、この本を紹介するのは2回目です。『恋』という作品で、引用したことがあります。でもぜひオススメしたい一品なのでもう一度書いてみました。心が温まる素敵な作品です。

このブログは2001年07月23日開設のサイト「幻想画廊」を2019年にWordpressで移築したものです。この記事は19年前の、2003年09月23日(火)に書かれました。文章の内容を変えずにそのまま転載してあります。リンク切れなど不備もありますが、どうぞご了承くださいませ。