扉をあけた瞬間から、古い紙のすえた匂い、黴やほこりの匂い、蔵書の腐りかけた匂いなどが渾然一体となって押し寄せて、この部屋の中に、古書が充満していることを知らせた。
(『聖アウスラ修道院の惨劇』二階堂 黎人 より)
本好きのパラダイス・図書館
あなたが最後に図書館へ行ったのはいつですか? 中学校以来行ってない? 3日前に行ったばかり? 図書館は本屋さんとは違った独特な雰囲気があります。本には著者の主張や感情などが書かれていますが、図書館の本はそれを手に取った読者の思いも詰まっている気がするからです。
下世話な話で申し訳ないのですが、よく本屋さんへ行くとトイレに行きたくなるなんて言いますね。でも私は図書館で長時間すごすとなんだかめまいがしてくるんです。それは目には見えないけれど、著者と読者の感情──幸せ、悲しみ、怒り、笑い、感動──が大音響で図書館中に満ちている気がするからです。
不愉快なめまいではありません。わくわくしすぎて頭がぼーっと熱をもってしまうようなめまいです。この本を手に取った人はどう思っただろう? どんな感想を持ったのだろう? と推理してみることも図書館の楽しみです。
うたた寝にはご用心
今回のギャラリーでは、つい図書館でうたた寝してしまったところを描きました。本の中から様々なものが飛び出して、夢の中へ出現しようとしています。でもご用心、ホラー小説を読みながらうっかり寝てしまうと、恐ろしい怪人が忍び寄るかもしれませんよ。
古き良き時代の図書カード
学生の頃私は図書館に入り浸っている上に、授業中も教科書のかげで小説を読んでいるような本の虫でした。最近の学校の図書館はコンピュータ化されているのかもしれませんが、私が学生の時には、本の裏表紙の図書カードに学籍番号や名前を書き込んで借りる方式でした。
本を借りるときに図書カードを見ていると、しばしば同じ名前にでくわしました。「あれ、この人前読んだ本にも名前が書いてあったわ。きっとSFが好きな人なんだなあ」と思うとその学生に親しみがわきました。
図書カードの君は誰?
一時期、読む本、読む本、ある男子学生の名前が書かれてあって、私は彼の名前を見つけるのがとても楽しみになっていました。本の趣味が合うなら、気も合うかもしれない。どんな人だろうと気になって、ある時勇気をだして、彼の教室まで行って探したことがあります。
彼はいませんでした。もうとっくに卒業していたんですね。スタンプは「○月○日返却」と「年」が省略されていたのと、彼の後にはほとんど貸し出されていなかったので、つい最近のことだと思いこんでいたのです。
彼はあんまり人気のない本ばかり読んでいたようです。残念。話をしたら何時間だっておしゃべりできたかもしれないのに。
ちょっと寂しい現在の図書館
私が最近通っている図書館は、完全にコンピュータ化されていて、このような図書カードの楽しみはなくなってしまいました。以前は本の裏表紙に返却日のスタンプが押された紙が貼ってあったのですが、今は個人個人に貸し出しのレシートが発行されることになり、スタンプは使われていません。
昔は返却日スタンプがたくさん押されているものを見ると「たくさんの人が借りているし、面白い本なのかな」と本を探すのに便利だったのですが……。
クリーンで完全にコンピュータ管理された図書館は、資料を探したりするのにはとっても便利。でも鉛筆で生徒の名前が書かれた図書カードや、返却日スタンプの押された裏表紙、湿ったほこりのにおいがする本棚などを思い出すと、アナログな図書館が時々なつかしくなります。

参考文献
『聖アウスラ修道院の惨劇』二階堂 黎人
人里離れた修道院で起こる猟奇殺人事件。美少女、首なし死体、満開の桜……日本版『薔薇の名前』と言われるように、古い図書館が重要なモチーフになっています。本格ミステリとしても秀逸。
このブログは2001年07月23日開設のサイト「幻想画廊」を2019年にWordpressで移築したものです。この記事は21年前の、2002年11月12日(火)に書かれました。文章の内容を変えずにそのまま転載してあります。リンク切れなど不備もありますが、どうぞご了承くださいませ。