【Under the Sea】じいちゃんと麻理の海(ミニ小説・フィクション)

我は海の子白波の 騒ぐ磯辺の松原に
煙たなびくとまやこそ 我が懐かしき住み家なれ♪。

(『我は海の子』文部省唱歌 より)

1

深呼吸をするとの香りで体中が満ちてゆく。胸の中がざわざわする。立っているだけで汗がじっとりとふき出す。砂が熱い。走り出したくなるが、砂を足の指でぎゅっとつかむように、一歩一歩波打ち際へ向かう。

水着が去年よりもきつい。5年生になったら新しい水着を買ってもらわなくちゃ。ぎゅっ、ぎゅっ、あと3歩。波が足を濡らす。冷たくて気持ちいい。熱いフライパンを水にひたした時のイメージが頭に浮かぶ。

「じゅー」

口に出して言ってみた。目の前に大きな海が広がった。

2

「おーい、麻理、船ぇ出すぞー!」

じいちゃんが手を振った。麻理は慌てて走って行った。小舟に乗り込むとじいちゃんは船をよいしょと押した。

「今日は魚がようけ(たくさん)いる場所へ連れてってやるでな」

「うん」

じいちゃんに貸してもらった水中眼鏡のヒモを締める。こんなものなくても水の中はよく見えるけど。麻理は学校のプールよりも海で泳ぐ方が好きだった。

3

麦わら帽子をかぶって、時々「うん、うん」と力を込めて船をこぐじいちゃん。真っ黒に日焼けしている。力を込めるたびに腕の筋肉がぷくりと浮き出す。

じいちゃんはかっこええなあ。今度船のこぎ方を教えてもらおう。体育座りで見上げていると、あごからぽたぽたと汗が落ちる。

「この辺でええ。じいちゃんはここで見とるでな」

「うん」

4

船のへりに座って一気に飛び込む。体中の筋肉が堅くなる。さっきまであんなに暑かったのに海の中は冷たい。それでもしばらくじっとしていると冷たさが緩んできた。腕をゆっくり動かすと海水がゼリーのように肌にまとわりついた。もう冷たくない。

「じいちゃん、行ってくるで」

思いっきり息を吸い込んで潜った。

5

キラキラと遠くまで青が続いている。あの岩の陰に黄色い魚たちが隠れた。岩にへばりついた海草がゆらりと揺れる。ゴブゴブと低い音が耳に響く。あっちへ大きな魚が逃げていった。息を吸いに上へ行く。

「魚おったか?」

「うん、黄色いのと青いやつ見たで」

潜ったり浮かんだりするたびに、じいちゃんは「魚おったか」と白い歯を見せてにやりと笑った。麻理もそのたびに息をたっぷり吸いながら頷いた。

6

次はもっと深く潜ってみよう。大きく息を吸って波を蹴った。耳が痛い。あごを動かして、ピキンという音がしたら大丈夫。深く深く潜る。底についたら大きな岩を両手でつかむ。上を見上げるとじいちゃんの船が、天井に浮かんでいた。キラキラした光が上から降ってくる。まぶしい。魚たちが宙を飛んでゆく。

私が大きくなったら、海に住めるようになってるかな。そうしたらここに家を建てよう。水族館みたいに、窓から魚を眺められるし、天井をガラスにしたら明るいぞ。家を建てたらじいちゃんをよんでびっくりさせたろう。ずっと内緒にして、いきなり招待した方がびっくりするだろな。

7

浜へ帰る舟の上、じいちゃんが笑う。

「魚、おったか? 楽しかったか?」

「うん、ようけおった。楽しかった」

「家帰って、ばあちゃんにそうめんとスイカ出してもらおまい」

「うん」

冷たいそうめんとスイカと聞いて、急にお腹が空いていることを思い出した。ばあちゃんの白くて丸いニコニコ顔が待っている。たくさん塩かけて、スイカしゃりしゃり食べるんだ。

まだまだ長い夏休みが残っている。何しようかな。どこ行こうかな。ぺろりと唇をなめると、海の味がした。

Underwater Panorama(English)

マウスでドラッグすると360度の海のパノラマが。

このブログは2001年07月23日開設のサイト「幻想画廊」を2019年にWordpressで移築したものです。この記事は20年前の、2003年08月12日(火)に書かれました。文章の内容を変えずにそのまま転載してあります。リンク切れなど不備もありますが、どうぞご了承くださいませ。

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